映画「エアベンダー」から四大元素思想と少林拳の種類をみてみよう

映画「エアベンダー」から四大元素思想と
少林拳の種類をみてみよう

アメリカで人気のテレビアニメ「アバター伝説の少年アンが映画になりました。それも実写版での撮影だったので、役者も太極拳の動きがしっかりできるようにテコンドーの黒帯の役者が抜擢されています。四大元素「気・水・土・火」がモチーフになっているので、四大元素とそれに関連する少林拳や太極拳などの種類もかなり豊富にあるので詳しく見ていきましょう~!予備知識を深めると、もっともっとテレビアニメも映画も楽しめます。

「土の国」が操る洪家拳

エアベンダーの4つの王国の中で、世界最大の領土を持っているのは土の王国です。そして大変粘り強い国民ですが、この国民が繰り出す技は「洪家拳」です。そして「洪家拳」南派を代表する門派でもあります。長江を境にして北部と南部に分かれますが、南部は船で川を移動することが多いために、狭い場所や揺れる場所でも練習ができる武術が発達したとも言われていますが、真意のところはハッキリしません。

「洪家拳」といえば一番有名なのが、実際に清代に実在した武術家の黄飛鴻(こうひこうこう)です。洪家拳は歩幅を広く取って、強く拳を振るう広東南拳の一派になっていますが、多くの門派から技術を取り入れられて技術になっています。

洪家拳

北派とは違って、船の上で戦う事を想定したという低い姿勢で闘う南派少林拳の伝統通りがあるとおりに、腰を落とした姿勢からの力強い動作が特徴になっています。そして特徴のある呼吸法になっていて笑い声の様な発声法も存在しています。この洪家拳は即効性と実戦性がとても高いことから、清朝末期の反政府運動を行う秘密結社や三合会の間で広まった武術になっています。そして台湾でも反政府運動家として知られて台湾の「三人の国神」として尊敬されている鄭成功(ていせいこう)が「金台山」を創立して、中国の南方を中心に拡がって行った拳法でもあります。

中国明の時代に陝西省(せんせいしょう)で他の武術に組み入れられて、清の時代に反政府組織の反政府組織の洪門(三合会)が少林寺に学んだとされています。

正義の英雄が使い手

洪家拳は広東省五大名拳「洪家拳」「李家拳」「蔡家拳」「劉家拳」「莫家拳」はその中でも、中国の歴史上で正義の英雄が愛用した拳法になっているため、革命闘志たちの拳としてとても良いイメージになっています。そして、戦乱や政変を嫌って中国から国外へ渡った武術家や、華僑の護衛をする人たちに「洪家拳」を修行した人たちが多かったことから、世界各地のチャイナタウン:中華街に、洪家拳の道場が多数存在しています。そのためチャイナタウンで行われる功夫修業であったり、旧正月に行われる獅子舞の演舞などで一般の人たちに広く目に触れることが多くなっています。

ジャッキー・チェンが映画「ドランクモンキー 酔拳」で洪家拳を披露していますが、ジャッキー・チェンが洪家拳を少し学んだこともあってそしてジャッキー・チェンが演じたのが若き日の黄飛鴻という舞台設定から披露されています。

技の特徴

足腰が強く力強く精密に前腕を繰り出す技術が知られています。そして洪家拳の技の根幹になるのは、力強い手足です。この力強い手足のことを「鉄橋鉄馬」や「硬橋硬馬」と呼ばれています。下半身の馬をきたえることを礼馬といって、橋とは前腕部のことをいいます。様々な橋手を駆使して技を繰り出し、重い橋手で敵の防御をこじ開けて、正面突破をする攻撃と戦法になっています。力で相手の防御をこじ開ける戦術のため、前腕部(橋手)鍛錬として重い鉄環を腕にはめて型を行うといった両腕の鍛錬などをおこないます。

歩法もとても豊富になっていて、「十二橋馬」と言って12種類も存在しています。

十二橋馬の歩法

  • 四平大馬・・・洪家拳の代表的な正しい「立ち方」です。この立ち方をすることで強く安定した足腰を養います。頭、首、背筋を真っ直ぐにしてお腹を引っ込めて立ちます。
  • 子午馬・・・基本の四平大馬から、この形へ変化します。
  • 伏虎馬
  • 麒麟馬・・・基本の四平大馬から、この形へ変化します
  • 吊馬・・・基本の歩法のひとつです。
  • 獨鶴馬
  • 中字馬
  • 三角馬・・・強く足腰を落として左右に振ります。
  • 敗馬
  • 二字鉗羊馬・・・基本の歩法のひとつです。
  • 跳馬
  • 丁字馬

中国のヒーロー黄飛鴻

中国最後の王朝、清朝時代の末期の時代に活躍した武術家であり医師です。中国近代史上では最大の英雄とされているため、黄飛鴻(こうひこう:ウォン・フェイフォン)を題材にした映画がいくつも撮影されています。その中でも特に有名なのが、ジェット・リーが主演をつとめた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』です。

黄飛鴻の父親は「広東十傑」の1人と称された武術家の黄麒英(ウォン・ケイイン)です。黄飛鴻はその父親から南派少林拳の一派の「洪家拳」を5歳から叩き込まれて、父親と共に修行の旅を送るといった少年時代を過ごしています。そして父親から洪家拳の英才教育を施されただけあり、また本人の努力もあって13歳の時点で道場主にも匹敵するほどの完成度の高さとなっていました。そのため黄飛鴻は「少年英雄」と称されるようになりました。

少年から青年へと成長した黄飛鴻は、中国各地を父親と一緒に武者修行を続けていますが、1863年(同治2年)に父親黄麒英が亡くなったため、父親が経営していた漢方薬局と拳法道場の寶芝林の跡を継ぐことになりました。欧米列強の進出に伴って荒れる時代を予測してでしょうか?!黄飛鴻は農民たちに洪家拳を教えます。そして自警団を率いることで、民間レベルで治安の混乱を防ぎました。そして武術をおしえたのは、やがて官軍や警察などにも同じく洪家拳を教授していき、中国の動乱時代に治安維持に尽くした人物として現在も高い評価がなされています。

黄飛鴻の伝えた武技はとても多岐に渡ります。黄飛鴻自身が大変得意だったのは、「虎形拳」です。武術仲間から黄飛鴻のことを「虎痴」とあだ名されるほど得意でした。そして洪家拳だけではなく、獅子舞の名手でもありました。獅子舞のあまりの名手ぶりに「獅子王」という称号も持つほどの腕前でした。

1924年(民国13年)亡くなりますが、仏山市の中心地区にある祖廟の隣接地に「佛山黄飛鴻紀念館」が作られていて、そこでは黄飛鴻の家族の紹介などのほかに、関連映画や武侠小説に関する展示などが行われているほか、演武や黄飛鴻が得意だった獅子舞などが披露されています。

黄飛鴻の代表的な技

黄飛鴻の伝説とも言われる代表的な技として知られているのが「無影脚」です。この「無影脚」は正式な技の名前ではありませんが、あまりにも素早いため「疾風の如く、地面に足の影さえ映る暇もないほど」ということから、「無影脚」という名前が付けられたほど、かなり素早い連続の足技になっています。もともとこの足技は北派少林拳の一種の「燕青拳の技」でしたが、黄飛鴻は北派の武術家・宋輝堂と自分が伝承してきた洪家拳の技の1つの「鉄線拳」と「燕青拳の技」の足技を交換教授して会得しました。そしてそれ以後は黄飛鴻の代名詞になるほどまでに、磨き上げていきました。

「無影脚」について公式な試合記録は数点現存していますが、公式な試合記録のどれでもが、その脅威の速度と破壊力に言及しています。そして足技については「彼以前も以降もない」と賞賛されています。

1867年(同治6年)に香港で、英国人実業家が見世物として企画したイベントで「猛犬を素手で倒せたら賞金」というのに、成り行きで参加していますが、多くの挑戦者が巨大な闘犬に倒されて大怪我を追っている中、黄飛鴻の驚異的な速度による蹴り技で、闘犬が一瞬で犬は絶命したと当時の記録に残されています。

黄飛鴻の弟子たちも、日清戦争や辛亥革命また自警団などで大活躍しました。そこで師匠にあたる黄飛鴻が喧伝されたこともあって、今でも黄飛鴻は中国で絶大な人気を誇ります。