映画「エアベンダー」から四大元素思想と少林拳の種類をみてみよう

映画「エアベンダー」から四大元素思想と
少林拳の種類をみてみよう

アメリカで人気のテレビアニメ「アバター伝説の少年アンが映画になりました。それも実写版での撮影だったので、役者も太極拳の動きがしっかりできるようにテコンドーの黒帯の役者が抜擢されています。四大元素「気・水・土・火」がモチーフになっているので、四大元素とそれに関連する少林拳や太極拳などの種類もかなり豊富にあるので詳しく見ていきましょう~!予備知識を深めると、もっともっとテレビアニメも映画も楽しめます。

「水の国」が操る太極拳

太極拳は内家拳の代表的な武術のひとつとして知られていますが、そのほかによく知られているのが、中国などで公演で市民が朝の公演で集まって練習をしている光景が思い浮かびます。どちらかといえば、格闘技であったり護身術としてのイメージよりも「健康&長寿」に良いのが太極拳のイメージではないでしょうか。元々太極拳は、中国武術・戦闘術として継承されてきたので太極拳は「伝統拳」だと呼ばれています。一般的な流れは、套路(とうろ)推手、散手(さんだ)と進むのが一般的な流になっています。

太極拳

昔から推手と套路は車の両輪と言われるほど密着性が高くなっていて、太極拳を本当の意味で理解するためには推手をやらなければ、太極拳は本当の意味で理解できないと言われています。套路は緩やかで流れるように、ゆったりとした動きになっていますがゆったりとした動きで行うことで、正しい姿勢や体の運用法のほかに、様々な戦闘技術を身に着けることができます。あんなゆったりとした動きで、戦いのときは大丈夫なのかと思いますが、熟練者の場合の套路になるとその動きはむしろ俊敏で力強いものになります。

日本で武術太極拳と呼ばれている競技がありますが、世界的に呼ばれているのは『武術』ウーシュウと呼ばれているものです。太極拳、長拳、南拳を採り入れて、一定のルールの下で体系化したスポーツになっています。『武術』ウーシュウで採用されているのは制定拳になっていて、伝統拳との間に直接的な関連性はありません。日本に太極拳んが入ってきたのは1972年の日中国交正常化です。このときに中国から来日した中国人たちによって太極拳の存在が知られるようになりました。そして、中国政府が太極拳を普及政策に舵を切ったこともあって、中国から太極拳を日本へと持ち帰る人たちも増えました。

ゆっくりとした動きと、特に場所を選ばずに手軽に出来ることから、高年齢層の人たちを中心に人気となって、全国的に太極拳教室が増えるようになりました。その他に福島県喜多方市では自治単位で太極拳を推進している自治体もあります。

五大太極拳

「五大太極拳」と呼ばれているものには太極拳の中でも伝統拳になっています。伝統拳と呼ばれりるのは、武術・戦闘術として継承されてきた太極拳が「伝統拳」になります。一方「制定拳」は各派に伝わっている伝統の套路を基にして編集、整理されて、競技用であったり演じるために整理された太極拳や健康体操として簡易化された太極拳は「制定拳」と呼ばれています。

「陳家太極拳」「楊式太極拳」「呉式太極拳」「武式太極拳」「孫式太極拳」が伝統拳でもあり五大太極拳です。

陳家太極拳:ちんかたいきょくけん

河南省温県陳家溝在住している陳氏一族を中心に伝承されている中国武術が「陳下太極拳」です。この太極拳は、現在分派しているすべての太極拳の源流になるものです。

動作は剛柔相済、快慢兼備を理想としていて、太極拳に特徴的な柔軟さや緩やかな動作だけではありません。跳躍動作であったり震脚とよばれる全身を沈めて、大地を強く足で踏む動作といった激しく剛猛な動作も動作の中に含まれています。中国武術でいうところの、全身を協調一致させて威力を発する技術の発勁(はっけい)は、太極拳の得意とする暗勁と呼ばれる大きな動作を伴わない発勁法ばかりではありません。大きな動作を伴う発勁法も得意としているので、纏絲勁とよばれるらせん状の捻りを伴った勁によって全身の勁力を、統一的に運用することが他派の太極拳に比べてちがっている特徴でもあります。

2つのスタイルが主流になっていて、見た目の動作が比較的大きい大架式と、見た目の動作が比較的小さい小架式です。大架式からは新架式が派生して、新架式からは趙堡架式が派生しています。20世紀になって陳家太極拳が広まったのは、1928年に請われて当時北平(現:北京)に出向いて陳家溝の武術(大架系統)を指導したことで、広く伝わったといわれています。そして「陳家太極拳」と表記されるようになったのは、第二次世界大戦後に中国政府が各伝統武術の整理を行ってからだと言われています。

楊式太極拳

陳氏14世の陳長興の弟子、楊露禅が創始して、19世紀の北京で広く門弟に教授されたのが「楊式太極拳」です。その後も、露禅の子・楊健侯、孫・楊澄甫と3代に渡ってますます改良が加えられるようになって、現在は澄甫が開発した大架式の套路が普及しています。大架式の動作がのびのびとして柔らかくなっていて、発勁の動作では激しい動作を行わない点が、「陳家太極拳」との大きな違いになっています。

「楊式太極拳」の理論書として、健侯の兄の楊班侯が記した『太極拳九訣』、澄甫の記した『太極拳老譜三十二解』があり、これらは「制定拳の基」になったことでも知られています。

呉式太極拳

中国国内ではなく、香港を中心とした華僑の間に普及しているのが「呉式太極拳」です。楊露禅から学んんだ呉全佑とその子供の呉鑑泉によって創始された流派です。弓歩の際に前傾姿勢をとることが他流派とは異なっていて特徴にもなっています。小架式の動作は緊密でまとまっています。独特な風格として、軽さと機敏さ、円滑さがすべての式で貫き通されることでも知られています。套路が多く残されているため、特に四正推手から派生した十三式がある推手の技法が多くなっています。系統によって歩距や架式の高さに違いが大きくなっています。

武式太極拳

楊式太極拳の創始者の楊露禅の友人、そして支援者だった河北省の名家の武禹襄(ぶうじょう)が、楊露禅に陳家太極拳を学んだ後に、陳清萍に弟子入りして本格的に「陳家太極拳」を修めて、それに独自の理論を加えて創始したのが始まりです。

著名な伝承者でもある郝為真(かくいしん)の姓をとって、郝式太極拳と呼ばれることもあります。武式は太極拳の精華と評されています。厳密な身体の運用と、実戦的側面を伝える門派ですが、創始者の武禹襄が親族のみに限定して伝拳していなかったことから、近年までとても保守的になっていて伝承者もきわめて少なくなっています。太極拳の名称の由来となったと言われる『太極拳譜』は、禹襄の兄・武秋瀛が発見したと伝えられています。

孫式太極拳

形意拳の近世三大名手のひとり孫禄堂(そんろくどう)によって創始されたものです。形意拳の歩法、八卦掌の身法、武式太極拳の手法が統合されている太極拳になっています。開合によって動作を連関して、快速な活歩によって転換することから、「開合活歩太極拳」とも呼ばれています。

創始者の孫禄堂はずば抜けた身体能力を持ち合わせていることもでも知られていますが、ずば抜けた身体能力を表す伝説が今も伝わっています。1928年に内家拳で最高の達人という評価を得て、中国武術の全国的統一組織だった南京中央国術館に、武当門(内家拳)門長として招聘されていますが、門長の座を間もなく辞して江蘇省国術館に退いて、副館長兼教務主任に就任しました。弟子には1995年に「中国当代十大武術名師」のひとりに選ばれた長女の孫剣雲や、次男の孫存周などで知られています。