映画「エアベンダー」から四大元素思想と少林拳の種類をみてみよう

映画「エアベンダー」から四大元素思想と
少林拳の種類をみてみよう

アメリカで人気のテレビアニメ「アバター伝説の少年アンが映画になりました。それも実写版での撮影だったので、役者も太極拳の動きがしっかりできるようにテコンドーの黒帯の役者が抜擢されています。四大元素「気・水・土・火」がモチーフになっているので、四大元素とそれに関連する少林拳や太極拳などの種類もかなり豊富にあるので詳しく見ていきましょう~!予備知識を深めると、もっともっとテレビアニメも映画も楽しめます。

「気の国」が操る八卦掌

大気を操る技が「気の国」の人たちが操る八卦掌(はっけしょう)が元になっているものです。「気」を操りますが、実際の八卦掌はぱっとみるとまるで踊っているようにも見える動作が特徴ですが、立派な武術のひとつです。内家拳の代表格には太極拳・形意拳・八卦掌になっていて、踊っているかのように見えるのは八卦に基づいた技術理論になっていて、一般的な流派と違うのは拳より掌を多用します。

19世紀の前半で清朝後期に、紫禁城の宦官だった董海川によって八卦掌は始められたとされていて、「八卦掌」という名称は後世になってから定着したものだと思われていて、動作の根本原理を易経の八卦思想で説明していますが、八卦思想はあとで構築されたものだと思われています。

八卦掌

八卦掌という名前にあるとおり、「少林拳」や「洪家拳」とちがって「拳:こぶし」よりも「掌:てのひら」を八卦掌では多用しますが、なにがなんでも掌というように限定するということでもないので、拳も用われます。掌の形も、相手をつかんだり攻撃を流しやすくするために指先を大きく広げて構える形であったり、隠し武器や指先を使って相手の急所を突くために、指先をそろえて構える形といったことなど、八卦掌の門派により様々になっています。

たくあんある技の数

八卦掌の技の数はとても多くなっています。パッとみると、まるで踊りを踊っているかのように見えるのですが、あの動作にもとても効果的な攻撃方法が含まれています。また技の数は多くなっていますが、その中でひとつだけの技だけをピックアップして練習することもできる一方で、まったく違う傾向の技などなどをいろいろなありとあらゆる技を、ごちゃまぜにして組み合わせて練習することも、可能になっています。そのため八卦掌はいろいろな動作を次々と移ることもできるように作られているという特徴をもっている千変万化の拳法だともいわれています。

八卦掌ができあがるまで

八卦掌の創始者は、紫禁城の宦官だった董海川(とう かいせん)だとされています。董海川の出身地は河北省文安県で、家は貧しいものの武術が好きな少年で日々練習に励んでいました。ある時中国仏教の聖地といわれる九華山(きゅうかさん)で仙人ならぬ長老に出会って武術を伝授されたとされています。伝授された武術を日々鍛錬して練習に励み、董海川が独自の工夫を加えていくことで八卦掌が出来上がったとされています。

そしてそれから後に、北京に出向いて清朝の王族に認められることになり、「絶技的武林大師」と呼ばれるようになりました。董海川自身が自分の武術を「八卦掌」という名称で使っていたかどうかは分かりませんが、「八卦掌」という名前そのものは後世になってから定着したものではないかともいわれています。董海川はそれから後に、粛親王府の護院の長となったとも伝えられていますが、その確かな記録はまだ見つかっていません。

八卦掌の源流は道教の修行法ではないか。はたまた他の拳術だとする人もいますが、実際の所はわからないのが実態です。八卦掌は他の門派に比較すると新しいということもあって、八卦掌の技術は他門派の優れた技術を多く取り入れている節が見受けられます。そして他の「内家拳」の門派と比べると練習体系が公開されていないためなのでしょうか、他の門派よりも非公開ということがより一層神秘的に見られていることが多くなっています。踊っているかのように見える動きが優雅なため、誤解されることが多くなっていますガ、実は極めて攻撃的な武術です。

変化に富んでいるのが特徴になっていて、一般的に太極拳は柔らく、形意拳は剛直と見られています。太極拳は柔を表す皮革球、形意拳は剛を表す鉄球に喩えられていて、八卦掌は鋼の糸を編んだ鉄糸球と喩えられるがいますが、剛でもあって柔でもあるという両方をあわせもあっている武術です。

董海川の弟子たち

董海川の有力な弟子に尹福(いんふく)という程廷華(ていていか)がいますが、この2人が八卦掌の派をそれぞれ創始したことでもしられています。ふたりとも中国の河北省の出身です。尹福は事実上の一番弟子でもあったため、八卦門における「開門大師兄」と呼ばれました。程廷華も尹福と並ぶ有力な弟子の一人ですが、董海川の墓誌によると第4番目の弟子にあたる人物だと考えられます。

尹派八卦掌:いんははつけしょう

中国北派武術の中でも成立した時期の最も新しい門派の1つが、尹派八卦掌(いんははっけしょう)です。八卦掌はもとから、「拳」よりも開掌を使用することが多かったため八卦拳ではなく八卦掌と呼ばれています。程廷華の伝えた「程派八卦掌」が龍爪掌と呼ばれる五指を開いた掌形を用いるのに対して、「尹派八卦掌」では牛舌掌と呼ばれる五指を揃えた掌形を使います。

尹福は師匠の董海川の後を継いで、清朝の粛親王府の護衛総監の役目を受け継ぎました。そのため程廷華の「程派八卦掌」が広く市中の民間に広まったのに対して、護衛総監の役目を果たしていたため尹福の尹派八卦掌は宮廷内の限られた護衛官の間にだけに伝承される傾向が強くなっていたため、あまり民間には広まりませんでした。

程派八卦掌:ていははっけしょう

中国北派武術の中で、成立した時期が最も新しい門派の1つが「程派八卦掌」です。本人の残されている写真をみると、眼鏡はかけていませんが、北京市内で眼鏡店を経営していたことから「眼鏡程」と言う異名でも呼ばれていました。

創始者の程廷華は、形意拳の李存義や張占魁、岳氏散手の劉徳寛たちと親交を結んで親しくしていました。そのため一部の八卦門と形意門は、大変に密接な関係を築いて独自の発展をしています。

技術的特長としていろいろな説がありますが、尹派八卦掌が六十四掌による伝承を主軸にしているのに対して、程派八卦掌では八母掌を基本にして展開して行く傾向があるのが特徴になっています。